あなたにであって
世界が色づく

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だらだらつづくくだりざか

今年の目標は、
調子に乗らない。
毎日一行でいいから書く。

まあ、本当に一行じゃだめだけどな。

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「君はニュースを持ってるか?」

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平等院、宇治上神社
清水寺
小道

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イノダで朝食
仁和寺、龍安寺、金閣寺
下鴨神社、伏見稲荷

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正月は余計なことを考えてしまうから苦手だな

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会社の行き帰りの電車はもちろん、整骨院のエレベーターの中とか、なか卯でうどん食べてるときとか、赤坂の陸橋をわたっているときとか、一人のときはだいたいこの世界にはいない誰かのことを考えている。
そのかいあってか、3年目突入目前にして、やっと話の方向性が固まってきた気がする。ほぼ半年止まってたけど。しかしまだまだ先は長い。とにかく時間をかけることが大事だってことはわかってきた。
あとは、ふと思いついた繋がりを、整合性を取りながら膨らましていくこともできるようになってきた気がする。気がするだけかもしれないけど。
今年はとにかく途切れず作り込み続けて、年内に形にできるといいな。
欲を言えば+αで短いのを1つ。
そして40才までに、どこかで発表できるといい。

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なんでこんなに苦しんでいらいらして、人の言うこといちいちに神経を尖らせてぴりぴりしてなくちゃならないんだと思ったけど、すべてをなげうってもやりたいと強く熱望することがあるなんて、本当に初めてのことなんだった


ただ堂々としていればいいのに

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納得しても納得しても、押し寄せる虚無感に負けそうになる。

確かにはっきりともう、この世界にいないことを実感したはずなのに。
耳の奥に届く遺されたものを、私は原動力に変えてゆく。

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チェコ製のマリオネットは鉄芯のものが多いから、木の中はくりぬいていないそう。中をくりぬくのは文楽の人形らしい。勘違いしていた。本を読んだだけでは気づけないことが多いな。

あと、マリオネットの作家さんはプロの操り手かどうかは別として、人形の動きを確認するために皆さんマリオネットを扱えるそう。
考えてみたらそりゃそうだ。納得。

なんかあたまひとつ抜けた感じ。行ってよかった。

マリオネットとの時間は人生のデザートタイムなんですって。
わたしマリオネッターなんです、って言われたら、ついてってしまいそうだわ。

↓かわいすぎる。http://www.puppet-house.co.jp/marionette/artists/orange/parfait_25.html

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だれの心を動かせなくても、
自分の心が動くのなら
それでいいと思ってきた

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あいづち

個人的に十何年ぶりに聴くラジオでのCHARAの声と、
常に発信する側にいるAIRの、魂の奥のほうに届くような
あいづちがたまらなくて、生きてて良かったと思った。

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リトル・アリョーヒン

久しぶりに本を読んだ。

すべてのキャラクターが絶妙で
素晴らしい世界だった。


そのあと、「チェリスト、青木十良」と
「人形劇にいのちを捧げて」を立て続けに読んだら、
時代背景がほぼ同じでタイムスリップしかと思った。

そうだ、蟹工船を読もう。

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こころが足りないときは、かならず音楽が助けてくれる


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人に会うことが苦痛じゃなくなっているので、なんだか色々アイデアが浮かぶ。

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中国で新幹線のそっくりさんを国際特許申請だって。

絶対パフォーマンスだな。怒ったもの敗けだ。その間に、やらなきゃいけないことをやらなくちゃ。

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かぜ

気だるい午後に、まるで救世主にさらわれるみたいだった。

7年も前にかかれた話だなんて関係なかった。
何かがずばぬけて得意とかもまったく関係なかった。
そこに樋川さんが存在する空気と、明白な恋の気配。

単純な条件さえ揃えば、いつだって簡単に恋に落ちる。

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16時の孤独

頭の中で警笛が鳴ってる

やっぱり自分の

やりたいことをやりたい

ドブロブニクに行きたい

どうして私たちは、 

誰かに出合わないと

前に進めないのだろう

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びっくりするくらい簡単なことに気がついた。

ひとつは、目標が漠然としすぎてること。

もうひとつは、自分でやればいいんだってこと。

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一年ぶりくらいのまっとうな休日。

去年の今日はフランクフルトで別れを惜しんでいたんだなぁ。

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「いろいろあるよね」の「いろいろ」は、しばしば簡単に想像を超越する。

想像すらしなかったわけではない。
そんな想いなんてまさかしていてほしくなかったからだ。

まいにち、本当にまいにち、ずっと昔から「想像すらしなかったこと」は起きている。

たまたま、失われたのが、ひとりだったか、大勢だったかという違いだけだ。

大勢が同時に失われたときにだけ、心を痛めていればいいというわけでは、ない。

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